ICTを用いた国語科教育
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国際標準の「読解力」の育成に有効なハイパー意味マップ


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ハイパー意味マップとは

ハイパー意味マップは、コンピュータを使ったマッピングのことです。マッピングとは、よく用いられるものとしては、自分の考えを図式化してまとめていくというアイディア支援(アイディアプロセッサ)的な方法があります。そういう使い方をした経験がある人は多いと思います。

しかし、マッピングとはそもそも、構成された知識をイメージ化することであり、認知過程の表象であります。ですから、そんなマッピングを、文章の読解において用いることで、自分が「読解したもの」とはどんなものかという読解内容や、自分が「どのように読解していったか」という方法や過程を視覚的に精査することができるわけです。読解された内容が自分や他者にかなりの程度明確に理解されるようになり、読解の自覚化や共有化が図られ、個に応じた読解指導への道が開けます。

以下に、やや雑然としていますが、アプローチのポイントを列挙しておきます。

以下に、以前発表した論文などから抜粋して「ハイパー意味マップ」を用いた学習について概観します。

ねらいと概要

ハイパー意味マップを用いた学習には三つの柱がある。

  1. 学習に用いるコンピュータを捉え直すこと
  2. 二つ目は認知科学の知見を生かした新しい読解の理論を持つこと
  3. 三つ目はハイパー意味マップ理論を応用すること

コンピュータを「道具」ではなく「メタメディア」として捉えなおし、「読解」を「脳の情報処理」として捉え直すことで、今までブラックボックスであった脳の情報処理(理解や読解など)の過程や仕組みに迫ることができる。そしてハイパー意味マップを応用したソフトウェアによって、読解という情報処理の過程や仕組みを新たに教育の対象とすることができ、それによって児童・生徒の読解の能力をさらに向上させることができるのである。

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コンピュータは道具か?・・・「コンピュータ=道具」観を越えて・・・

コンピュータを「道具」と捉える「コンピュータ道具観」が教育界では主流をなしているが、コンピュータは、ワープロ・表計算・デジカメ(画像・映像処理)・インターネットのための単純な「道具」ではない。しかし既存の教育実践、教育研究の多くは、コンピュータの活用の仕方を「パーソナルコンピュータ=道具」という概念の下で狭く囲い過ぎ、従来の授業観・学習観の枠組みの中で「便利な道具」の生かし方だけを模索しているように思える。その結果、「情報手段を活用した学習」は、表面的には多種多様だが、本質的に画一化、パターン化されてきているのではないか。コンピュータは、現在一般にいわれているような意味での「道具」という概念には収まりきらず、全く新しい概念の規定とそれを言い表す適切な言葉を必要としているし、学習や教授の旧来の概念を突き破るような潜在能力を持っている。アメリカの研究者アラン・ケイが示したように、私はコンピュータを次のように捉えるのが適当であると考えている。

コンピュータはどのようなメディアにでもなえるし、どのようなメディアでもシミュレーションすることができるメタメディアである。

コンピュータは実際に見ることのできない精神世界でさえシミュレーションし、視覚化することができる。このようなコンピュータの能力を活用すれば、従来はブラックボックスであった「読解」や「表現」の過程という脳内の作業を視覚化し、「過程」そのもの(=脳の情報処理作業)を対象とした教育実践を可能にする。たとえば、「読むこと」の分野においては、従来は「読解の対象(教材文)」がどのように読めたかということを知るには、表現(発話や文章によって読解した内容を表現したもの)を唯一の手がかりとしてきた。しかし、コンピュータを用いることで、児童・生徒の「読解過程」を知ることができれば、従来の方法に加えて、読解過程を教育の対象とすることができる。

あたかもスポーツにおいて科学的トレーニングの進歩が競技力を向上させているように、読解や理解の仕組みを知り、科学的に学習を組み立てることで、読解能力を大きく向上させることが期待できるのである。

児童・生徒にデジタルカメラとインターネットを、ノートや鉛筆と同等の「道具」として使わせるだけではもの足りない。真にコンピュータの能力を生かし、コンピュータによって人間の思考が精緻化され、思考の速度が増し、思考する範囲が広がるような環境を整え、人間の能力が飛躍的に向上するような学習を開発することが、今後の「コンピュータを用いた学習」の主要なテーマとなっていかなくてはいけないだろう。

それはただ単にコンピュータを有効に使うという文脈から言うべきことではなく、国際標準の読解力の育成という差し迫った問題に対処するという文脈においていうべきことでもあるし、さらに後述するが、日本人の偏った読解力を修正していったり、将来にわたって高度な読解力を養っていくという文脈からも声高に言うべきことだと考えている。そのためにはまず、コンピュータに対する概念を根本から問い正し、「コンピュータ=道具」観を乗り越えていかなくてはならないということである。

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読解をどうとらえるか

メタメディアとしてのコンピュータを読解の学習に用いるとき、「読解」を科学的に捉える見方が必要である。ここでは読解を情報処理として捉え直すことから始めよう。 読解とは、文章を、脳に受け入れられるような形に変換することである。当たり前のことだが、文章は文章のままで脳に入るわけではないし、ビデオや写真のように記憶されるわけでもない。一般に脳の認知構造は、ネットワークとして考えられている。つまり、一つひとつの知識は網(ネットワーク)の結び目(ノード)にあたり、他の知識と関係性を持って結びつき、全体としてネットワーク構造をしていると考えられているのである。このような知識や理解に関する仮説モデルを認知モデルというが、このネットワーク認知モデルにしたがって読解や理解という活動をとらえると、文章というシーケンシャルな(先頭から終わりに向かって順番に読むような)構造を様々な観点から分解し、元々読み手が持っていた知識の中に関係づけながら納めていくということが読解や理解ということである。従って、「読めた」「わかった」という自覚は、文章をネットワークにうまく変換できたということであり、逆に「読めない」「わからない」とはそのようなネットワーク化作業が十分にはできていないということである。無論、この「読めた」「読めない」・「わかった」「わからない」とは主観であるから、客観的に見て読めているのかどうかということとは違う。

情報処理という観点から言うと、読解指導とは、このようなシーケンシャルな情報→ネットワークという活動をより精緻化し効率化し自覚化するための指導である。

また、読解指導においては、児童・生徒の行う脳内の作業活動そのものは見ることができないという点に難しさがある。したがって従来は、発話や感想文など様々な方法で児童・生徒に表現させた「読解内容を表現したもの」をもとに、彼らの「読解」という情報処理の様子を教師が想像しながら間接的に「読解力(=情報処理能力)」の向上を図るための指導を行ってきた。しかし、ここでもし児童・生徒の読解という情報処理を視覚化することができれば、児童・生徒の「読解」能力をより精査し、より直接的に「読解」過程を扱う指導が可能となる。その結果、従来の読解学習と読解指導にまったく新しい方法と効果をもたらすことになるのである。

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ハイパー意味マップとは

はじめに

ハイパー意味マップは、児童・生徒の読解という脳内の情報処理を構造的に視覚化する方法である。この発想は、従来からあるさまざまな形のマッピングを、コンピュータの表現力によって認知モデルに近づけようとしたところにある。開発を進めるにあたって、学習理論や活用方法は拡大し、従来のマップ理論や実践の域を超えた理論となってきた。 開発を始めた当初は、紙上のマッピングすら市民権を得ておらず、その有効性も認知されていなかった。加えて、国語科にコンピュータを用いるということに対する偏見があり、理由も意味もなく国語科に機械は要らないと言い放たれてきた。しかし近年、PISAで読解力が世界一となったスウェーデンでは、小学校中学年から徹底してマッピング(紙の上のものだが)を用いているということから、マッピングによる能力開発の有効性が実証され認知されてきた。また、コンピュータが特別な機械ではなくなってきており、国語科に用いることに違和感をもたれることもなくなってきた。

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紙面上のマップを超えて

紙面上のマップ(例えば「意味マップ」など)は情報処理という観点からも大変有効な学習方法であり、また評価方法でもある。しかし、紙面にマップ化するという従来の方法は、脳の情報処理や情報システムを扱おうとしたときにいくつかの限界がある。第一に、平面表現ではネットワークで表現される認知モデルと構造的な隔たりが大きいという点。第二に、紙面上のマップは作業過程を記録できにくいために、児童・生徒のマップ化作業(=読解過程)を詳しく調べることができにくいという点。第三に、原稿用紙に作文することとワープロで作文することとの違いに見られるように、紙の上では試行錯誤がしにくいので思考の流れを止めてしまい、構造的な思考を促しにくいという点。第四に、平面であることから、カテゴリーの区別や概念の上位―下位関係を表現しにくいという点である。コンピュータの表現力を借りれば、認知モデルを擬似的に表現することができるので、これらの限界を克服することが可能となる。以下に、実際に生徒が作成したマップを使って具体的に述べよう。以下に出てくるマップは、数回の書き直しを経て「完成」したマップである。書き直し前のものは大変煩雑で読み取りに苦労するようなマップであった。

左のマップ1では、「景色」「きれい」のような上位―下位の概念関係にあって階層が異なるべき言葉が、階層の違いを区別することなく同じ平面に並べられている。また、「きれい」「目」「テレビ」というようなカテゴリーが異なる言葉が、カテゴリーの違いを意識することなく並べられている。もっとも、このようなマップは、あらかじめトピックの周りに同心円を記入するなど、活動方法や活動過程を工夫することによって若干改善される(マップ2)。このことはつまり、立体を意識させる事により、読解をプラスに変容させることができるということでもある。しかし、マップ2においてもやはり「情報」「電気」と「おもしろい」というようなカテゴリー違いを見つけることができる。

マップ3は、いわゆる読解力が高い生徒が作成したものである。この生徒は、「命」というトピックを設定して教材文全体を解釈しようと試みている。一番目の同心円上にある項目を見てみると、「自殺」・「直美の大変な手術」・「死ぬなよ」云々・「ずしんと重い」・「誕生日」である。これらの項目を分類すると次のようになろう。①教材文を読んで連想されたこと「自殺」、②想起されたこと「ずしんと重い」、③「命」というトピックに結びつく重要な内容「直美の大変な手術」、④登場人物三人のつながり「誕生日」、⑤印象に残った表現「死ぬなよ」云々である。つまり、異なる概念やカテゴリーに属するものが混沌として並べられているのである。このマップからは、紙面上のマップの限界ということだけでなく、現在の一般的な読解指導や読解学習における課題と、生徒の読解力における課題が読み取れるのではないかと思う。このマップにおける、概念やカテゴリーの混乱が示すことは、「マップの書き手は教材文の構造的な把握と自覚的な読みが不十分である」ということである。教材文側の基本的な情報と、読み手の側の恣意的な連想や想起が無自覚に混在して読解内容を形成していたのでは、読み手個人に由来する情報の有無や軽重が読み取りに大きな影響を与えるということであり、つまり偶然的条件によって読解内容が左右されるということである。もちろん、読解には読者のおかれている状況が影響を与えるものである。しかし、教材文情報を安定した精度で処理するためには、できる限り自覚的に教材文情報と読み手に由来する情報とを分けることが必要である。

例示したマップに見られるような読解力の課題は、一生徒の課題ではなく、中学生全般の読解力の課題であり、そういう生徒を育ててきた従来の読解教育の課題でもある。また、中学生の読解力の課題であるということは、日本人の読解力の課題であるともいえる。その課題とは、私たちの多くは、文章を構造的に把握し、自覚的に読解を進めていくことが不得手であり、同時にそういうな能力を開発する意図を持った学習を経験してこなかったということである。ハイパー意味マップを用いた学習は、このような読解における課題を克服するのに適している。次の項では、具体的なハイパー意味マップを通してその特徴を見ていこう。

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ハイパー意味マップを用いて

現在のハードウェア、ソフトウェアの技術水準では、完全に脳の作業を視覚化することはできない。したがって、具体的な実践においては、一長一短あるソフトウェアの中から、目的と条件に応じて選ぶことになる。ここでは、現在最も使いやすいソフトCmap Tools (注1)を用いている。単元は「ヒートアイランド」(「新しい国語1」東京書籍)、教科書での目標は「様々な文章から、目的に応じて必要な情報を読み取る。」と示されている。

右のマップ4は、あらかじめ教師が作成しておいた学習の入り口となるマップである。このマップの目的は、複数のマップや図表や文章を一元化し、学習活動の全体像を一目で把握させること、つまり、「内容の把握」・「語句の学習」・「表現の学習」などの個々の学習活動が結びついて一つの単元を構成しているということを直感的に理解させることである(学習マップ)。通常の授業では、ややもすると細切れな目前の学習活動だけに没頭し、いったいその活動は他の活動とどんな関わりを持ち、どんな意味を持っていて、今は単元の中のどこなのかというようなことに思いが至らないものだが、マップ4のように常に構造的に視覚化されたスタート画面から学習を始めることで、学習活動に対するメタ認知が働く。

ここでは、マップ4からつながる一つひとつの活動すべてがハイパー意味マップで表現されており、「読解」「作文」「振り返り」「作業」などさまざまな活動を行うことができる。

以下、読解に用いるマップについて説明しよう。

マップ5は、マップ4の「マップを作ろう」からリンクされた別のマップで、生徒が作成した読解のマップである。紙面上のマップと比べてみると、教材文が異なるので一概には言えないが、それでもかなりシンプルに表現できていると思う。学年、教材文、単元、年度が異なるので、精密に比較はできないが、紙面上のマップとの違いは十分に理解できると思う。
CmapToolsは生徒の作業を記録する機能がついており、どのような手順でこのマップを作っていったかを後から再生することができる。マップ5であらかじめ作っておいたのは、トピック「ヒートアイランド」だけだが、そこから完成までには、フォントの変更などの手順もすべて加えて76ステップである。そのうち最も複雑だったのは56ステップ目のマップである。ここから20ステップの間に次の作業を行いマップを整えていっている。①ノード「都市」から派生しているノードを切り離して、都市に関する別のマップを作り、マップ2のノード「都市」にリンクする。②ノード「熱の島」に、熱の島と言われるゆえんを注釈としてつける。③トピック「ヒートアイランド」に教科書の脚注の語釈を注釈としてつける。④なぜヒートアイランドになるのかという理由を「二つの理由」としてまとめ、具体的な理由は注釈としてノード「二つの理由」につける。

作業④で、ヒートアイランドをもたらした個々の理由をまとめる言葉「二つの理由」というメタ言語を獲得して情報が構造化・精緻化されたように、ステップごとにマップが構造化・精緻化されていく。また、トピックに対して異質のカテゴリーを派生させないようまとめ上げ、概念の上下関係も試行錯誤の中で整理されていく。このようにハイパー意味マップは、コンピュータの表現力を借りて、生徒の思考の過程を映し出し精査することができるとともに、生徒にとっては試行錯誤の作業を通してメタ言語を獲得し、構造的に読解しようとする思考を促すのである。

また、作業の様子を比べてみると、紙のマップとハイパー意味マップとの違いは、原稿用紙で作文する時とワープロで書く時との違いに似て、試行錯誤の容易さである。ワープロが人々の作文能力にどのような影響を与えたかを考えれば、ハイパー意味マップが読解能力に与える影響についても理解できよう。ハイパー意味マップは、情報の構造化、思考の精緻化そして生徒の集中持続性において紙のマップにない利点を持っている。

ハイパー意味マップは、脳内作業を記録し視覚化して学習に活用しようとする理論(注2)である。そして、次のような二つの側面を持っている。

  1. 教材文を読み取る過程を記録することができるということ。つまり、「記録と評価」という側面。
  2. もう一つは、〈概念〉や〈カテゴリー〉を分けながらマップを作る学習を通して、情報を構造化する力と自覚的に読み進める力を養う事ができるということ。つまり「読解能力の開発手段」としての側面

この二つの側面を読解学習に生かすことで、児童・生徒の読解能力を向上させることができるのである。

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まとめ

ここで紹介した学習は、別の言い方をすると、コンピュータを学習メディアとして活用するという方法であり、それはコンピュータ上の仮想空間内に学習環境を作るということでもある。そして、コンピュータ上に作られた学習環境は、児童・生徒の思考活動の仮想現実(バーチャルリアリティ)であるとも言え、読解や表現などの脳の活動を視覚化し教材化したものである。つまり、児童・生徒の認知活動そのものを対象とする学習活動を提案しているのである。

コンピュータは、実際には見ることのできない世界を表現することができ、これは今のところコンピュータを用いる以外には不可能な表現方法である。この方法を効果的に用いることによって、児童・生徒認知活動を直接対象とする学習活動が創造でき、彼らの思考や能力を支援したり変容させたりする効力は大変大きいと考えられる。

無論、当面の課題もあり、ステップごとの記録を分析して読解の過程や仕組みを捉えることや、脳の情報処理を視覚化するソフトウェアとハードウェア環境を整えることが必要である。そのようなハード・ソフトを整え、本当の意味で人間の能力を支援するコンピュータ環境が作れたらすばらしいと思う。

最後に、ハイパー意味マップの開発に際して実感している二つのことを提起したい。

第一に、教育に携わるものは、商業ベースに乗せられて市販のソフトウェアとハードウェアの活用方法を提案することに偏ってはいけないと思う。教師は、目の前にいる児童・生徒の能力を開発するためにどんなソフトウェアとどんなハードウェアが必要なのかを知ることができる唯一の立場である。だから、機械やソフトの都合に合わせた見た目のよい実践を提案するのではなく、メタメディアとしてのコンピュータの本質を理解し、児童・生徒にとって必要な機能をこちら側から要求していかなくてはいけない。その結果、人間と機械双方の質的な変化が起こり、人と機械との関係が変わり、人を支援する機械が生まれる。そしてはじめて、コンピュータは教育に活用される段階に達し、教師はコンピュータを活用する段階に達したといえるのではないだろうか。

第二に、日本人が古来養ってきた読解力は、国際的なReadingと完全には一致していない。大変大雑把な言い方だが、日本人は情緒的な読みを求めてきたために、論理的に読む力や、主体的・批判的に読む力が少なくとも学校教育においては十分に養われてこなかったのではないか。現代の小学校・中学校・高校・大学の児童・生徒・学生の読解力・表現力を見るとき、その論理構造の脆弱さが目立つ。とりわけ概念の違いを意識した論理の展開や抽象度の違う言葉を駆使して論理を構成するという学習経験が皆無に等しいということに愕然とする。読解学習はもとより国語科全般、教育活動全般において広く反省を行い、今後、児童・生徒・学生の認知過程に着眼し、認知能力を高めることができる学習を創造しなくてはいけないのではないだろうか。

  1. Institute for Human and Machine Cognition (University of West Florida)が開発、配布している。同研究所のウェブサイトからダウンロードできる。最新バージョン3.6では一部日本語入力ができない。同研究所に問い合わせたところ、次期バージョン3.7では対応の予定とのことである。今回使用したものはその評価版バージョン3.6.16である。
  2. 補注 2007年7月現在、最新バージョン4.11では、メニュー表示を含め完全に日本語に対応した。

  3. 既存のマッピングソフトのコンセプトとハイパー意味マップ理論との根本的な違いはこの点にある。コンセプトを得たり表現したりすることねらうのではなく、情報の入力に伴う脳内の作業や脳内の記憶や理解そのものを視覚化するというねらいである。


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